« もう12月か | トップページ | 朝日杯フューチュリティS »

阪神ジュべナイルフィリーズ

予想ではありませんので、最初にお断りしておきます。

昔話ばかりで申し訳ありません。(^^;; このレース、以前は「阪神3歳牝馬ステークス」と呼ばれていました。もう少し前だと「阪神3歳ステークス」ですね。3歳というのは当時の馬齢の表記であり、現在では2歳という表記と同じ馬齢です。

競馬を楽しんでいる側から見ると暮のG1レースとして定着している感じですが、JRAでは牝馬限定となって暫く、格下のレースとして扱われていたような気がします。中山でもらった昔のレーシングプログラムを見ると表紙が素っ気無い。(^^;; 普段の開催日と変わらない、何のレースだか不明な写真が使われていて、「G1ありますょー」っていう記述もありません。他のG1なら例え西のレースでも、必ずレース名と優勝馬の写真が使われているのですがね。

ところで牝馬限定となったのは平成3年で、平成2年以前は牡馬のレースに牝馬も出走してくるといった感じでした。平成2年の優勝はイブキマイカグラ、平成元年の2着にダイタクヘリオス、昭和62年はサッカーボーイの優勝などが目につきますね。

牝馬戦となってからの思い出の1頭はマイネピクシーです。勝ったスエヒロジョウオーの2着でしたが、両馬とも全く人気が無くて馬連で12万少々の払戻は話題になりました。スエヒロジョウオーは3勝となりG1馬の勲章を得ましたので、引退までの惨憺たる成績にも目をつぶることができます。が、マイネピクシーは新馬を勝ってから3戦を凡走し、望んだこのレースで2着に入ってしまったので1勝のオープン馬という妙な状態に。それ以降、小柄な芦毛が走る姿は痛々しい限りで、馬券の対象とは別の目で見ていました。引退までの8レースは全て2桁着順。

そしてこの馬のことは忘れていたのですが、ある日の出馬表にマイネピクシーの名が…。そう、母馬になっていました。残念ながら活躍馬は出せなかったようですが、大事にされていてホッとしました。

« もう12月か | トップページ | 朝日杯フューチュリティS »

雑談」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

競馬を楽しもう